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SO WHAT? [エッセイ・うらぴょん通信]

みなさんは、テレビ番組を選ぶとき、どういう基準でチャンネルを選んでいるだろう。大きな事件や地震が起これば、ニュースを見るし、台風が来れば天気予報、好きなタレントが出ていればそのドラマ旅行に出たいけれど暇がないときは旅番組……。番組を見るときは、何かしら小さな理由があるし、見るからには、「それなりの要求」があると思う。

 とくに大事な情報を伝えてくれる番組でなくても、「とってもおいしそう」ならグルメ番組も選ぶだろうし、好みの番組がなくても、「つけているだけで楽しい」から、お笑い番組を見ていたりする。

 しかし、そこで大事なことは、たとえば報道番組なら、「早く詳しくわかりやすく」なくてはならないし、お笑い番組なら、「視聴者を何度も笑わせる」くらいちゃんとおもしろくなくてはならないし、グルメ番組なら、必ず「おいしそう」ではなくてはならない、ということだ。
 そうでないと、途中で投げ出してすぐにチャンネルを変えてしまうだろう。
 選ばれつづけるには、視聴者の要求に応える「番組の魅力」が何かしら存在しなくてはなるまい。

 英語に、「SO WHAT?」(だからどうしたの?) という言葉があるけれど、誰かに物を提供するとき、大事なことは、「SO WHAT?」と言われないようにすることではないだろうか。

 たとえば、企業が新商品を開発して販売する場合、消費者はどんな基準を持って、商品を選ぶだろう。

 たとえば、わかりやすく、「歯ブラシ」を例に挙げる。
 まず消費者は、価格を見るだろう。それから、持ちやすいか、動かしやすいか。デザインはどうか。あれこれ調べる。高い電動歯ブラシでも、「これさえあれば歯周病が必ず治る」と言われれば、買うこともあるだろう。

 大事なのは、安いなら安い。役立つなら、しっかり役立つ。デザインがいいなら他の物よりだんぜんステキ。と、その商品の魅力がはっきりしていること。
 中途半端に安くてもすぐダメになりそうだったり、デザインも変わっているが別にかっこよくない、なんていうのが、一番売れない。消費者が、「SO WHAT?」(だからどうしたの?)とそっぽを向いてしまうからだ。

 というわけで、この法則はもしかしたら、私の書いている児童文学にもあてはまるのではないか、と最近思い始めている。
 「SO WHAT?」(だからどうしたの?)と、言われないこと。作品の魅力が最低一つでも、はっきりとしていること。これは「テーマが立派」とか、そういう単純な問題ではない。

 おもしろいエンターテイメントなら、徹底的におもしろくあってほしいし、ファンタジーなら、別の不思議な世界まで魔法をかけられたかのようにスムースに連れていってほしい。子どもの心を描いたものなら、自分がその子になりきって泣いたり笑ったりしたいし、幼年向きの作品なら、小さい子たちが、目を輝かせて引き込まれる内容でなくてはならない。
 中には、一言では言い表せないけれど、なんともいえない魅力のある作品もあって、それはそれで、きちんとした存在価値がある。

 中途半端は一番いけない。何か最低一つはキラリと光る特徴がなくてはなるまい。
 そうでないと、子供も大人も、読んでいる途中で「SO WHAT?」と投げ出してしまう。

 もちろんあくまでこれは、その作品が作品として成り立つかどうかの、必要最低限の条件であって、芸術論うんぬんとか、児童文学はどうあるべきか、という問題は、またここから先の奥深い話である。

 ただせめて、「SO WHAT?」と言われない程度の作品は書きたいと思っている。
 まだまだこのエッセイでさえ、ひょっとしたら「SO WHAT?」と言われかねない自分の文章力ではあるけれど。

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