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子どもと読書 [エッセイ・うらぴょん通信]

<2002年に書いたエッセの再掲載です>

 小さい子への読み聞かせは、親が「読んでやる気力をふりおこせば」それで済む。
 だが問題は、子どもが自分一人で読み出すときだ。
 一年生でひらがなを習う。でも、一つ一つの字が読めるのと、長い本が読めるのでは、大ちがい。本を読み始めの子どもにとって、長いお話を読むことは「砂漠で遭難した人が、砂丘の向こうのオアシスにむかって何百キロも歩く」くらい大変なことなのである。
 絵本は読みやすい。楽しげな絵が、子供たちの興味をそそってくれる。 
 だが、少し絵の量の減った幼年向きの児童書はどうか。「かいけつゾロリ」や、「忍たま乱太郎」くらい絵が多ければいいが、それより絵が少ないと、子どもにはまだかなり抵抗があることと思う。

 その際、私が実行してみたのは、名づけて、「半分読み聞かせ」。
 ポイントは、子どもにはただの読み聞かせのふりをし、ぜったいに「半分読み聞かせ」だと悟られないことにある。
 子どもが、「この本むずかしいから、お母さん、読んで」といったら、
「ええ?自分で読みなさいよ。もう小学生でしょ。何のために学校行ってるのよ」
 などと怒らず、素直に読む。
 たとえば、桃太郎の話だとしよう。キジやサルをお供につけて、きびだんごを持って出発し、鬼ヶ島につき、鬼が姿を現し……
 さて、いよいよクライマックスシーン。
 そこで、親は突然、ゴホッ、ゴホッと咳こんだりする。
「ごめんなさい。○○ちゃん。お母さん、たくさん読み過ぎて、のどが痛くなっちゃった。悪いけれど、この先一人で読める?」
 話が盛り上がっているところを選ぶ。たとえば、主人公の勇者が、怪獣におそわれた。魔法使いが魔法をかけた。
 そこで、いきなり読むのをやめれば、子どもは、「えー?」と憤慨する。もし自分で字が読める段階になっていれば、
「いいよ。ぼく自分で読む」
 と、お母さんの手から本を奪いとり、いっしょうけんめい続きを読むにちがいない。本の途中まで読んでやっているので、残りはあとわずか。うまくすれば、最後まで読み終えることができるだろう。

 しかしこの際も、
「やだよ、ぼく読みたくない」
 といわれたら、素直にあきらめ、親が続きを読むこと。
「どうしてよっ! 読みなさいよ! お母さん疲れちゃったっていってるでしょ」
 と、喧嘩しても、事態は悪い方向に進むばかり。
 子どもの相手は、何事も忍耐である。

 この方法をくりかえすと、子供は、字の多い本を読むことにも、抵抗がなくなっていく。字ばかりならんでいても、「読んでいけば、きっとおもしろいことが書いてある」と期待するようになる。
 もちろん、この時期でも、おもしろそうな本は、図書館で親がいくつかピックアップして、「これ借りる?」とたずねたり、黙って借りてきて、リビングに並べておくことが大事である。

 だが鉄則はやはり「忍者の好きな子には忍者の本」「ロマンチックな話の好きな子にはロマンチックな本」。
 ましてや、子供がせっかく興味を持った本を、ゆめゆめ、
「そんなくだらない本、やめなさい! 中身がないわ! もっと道徳的なやつはないの? たとえば高橋うららの本みたいなやつ!」
 などといってはいけない。
 1年生が、性教育の本を手にしてしまってもそれでいい。
「へえ、本には、こんなすごいことが書いてあるんだ。本って、すごいなあ」
 と、目を丸くするだけの話である。親が気を使って説明する手間も省けるというものだ。
 自分で選び、自分で「ああ、おもしろかった」と喜んだり、「げっ、失敗したあ」と後悔したりする。
 子どもにはこうして、本を選ぶ力を身につけ、本好きになっていってほしいものである。

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