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コンプレックス [エッセイ・うらぴょん通信]

 うらぴょん通信、今回は2002年10月に書いた文章です。6年半前ですね。このときは、自分がノンフィクションを書くようになるとは、思ってもいませんでした。
 「取材などという、難しくて神経をすり減らす仕事は、ぜったい自分にできるわけない」と思いこんでいたんですね(爆)
 でも、明日からは、海外取材です。3月3日まで不在でございます[飛行機]
 おばさんでも、成長するのね(遠い目)
********

 秋は天高く運動会の季節。
  かけっこをしている息子たちを眺めながら、昔の自分を思いだした。
 小学生のころ、体育は苦手だった。
 と、いうより嫌いだった。
 かけっこは、平均よりおそい。
 逆上がりはできたが、下に足をつけず棒の周りをくるくる回る「空中逆上がり」は、たった一回できただけ。手がすりきれないよう、スカートを棒に巻き付けて何度も回っている友だちが、本当にうらやましかった。
 水泳は25メートルなんとか泳げた。だが、それ以上は今も泳げないし、速い遅いをいったら、お話にならない。
  一番だめなのは、跳び箱だ。私は今まで、跳び箱の上に乗ったことはあっても、高い跳び箱をきちんと跳び越えられたことは、一度もない。
 だから、体育のある日はいつも憂鬱。
 体育のある日は学校にも行きたくなくて、仮病で休んだこともあるくらい。
  いつか童話に「なわとびの女王」という、なわとびができないことを叱る先生と、それが原因で学校を休んでしまう女の子の話を書いたことがある。
 それをある人が小学生に見せたら、
  「そんなことで休む子なんかいるわけない」
 と言われたそうだ。
 だが、ほとんどの元気な子にとっては信じられないことでも、現実に体育が苦手で学校が嫌いな子はきっといると思う。

  ところが、こんな私が大きくなって体育会の合気道部に入ってしまった。今までの体育コンプレックスを払拭し、精神的も、肉体的にも強くなりたかった。
 実は、体育会に入ると、 体育の授業が免除、なのである。
  それもあって入ったのだから、変な体育会系、だ。
 何度か途中でやめるやめないの騒ぎを起こしたが、なんとか最後まで部を続けることができた。
 そして、体育コンプレックスから卒業した。
 ランニングだって、男子といっしょにやったし、筋トレも同じ数だけやらされた。
 勿論、跳躍の受け身(前回りの受け身で、助走して三メートルくらい飛びこす)なんかは、不得意だったが、技は選手権で全国4位になった。

 やればできるんだ。

 小学生のときの自分は、なんだったのだろう。
 ひょっとして、誰かに「あなたは運動はだめね」と言われて、自分で思いこんでいただけかもしれない。
 大人になった私が跳び箱を練習すれば、きっと飛べただろう。
 要は「できるわけない」というマイナスの思い込みがずっと続いていただけだったのだ。
 
 就職すると、肩こり予防のためにエアロビクスを始めた。
 その後、結婚して子どもができても、エアロビクスとジャズダンスやヒップホップダンスだけは続けている。
 今や、大人の中でも「運動好き」な部類に属するようになったのだから、人生とはわからない。
 
  この他にも、私は自分で不得意と決めこんでしまっていたことが、いくつもある。
 たとえば「絵」。
 小学生の頃、絵画教室に通っている友だちの絵があんまりうまかったので、自分はだめだと思ってしまった。
 ところが、自分が母親になって、子供に絵を描いたり、幼稚園のお手紙にさし絵を描いたりしていると、他のお母さんから「絵が上手ですねえ」と言われた。
 もちろんいたずら書きのようなちゃちな絵だが、「不得意」と思いこむ必要はなかったと今頃になって思った。もし、もっと早く勉強していれば、絵本の絵が描けたかもしれないと、ちょっとくやしい。

 物事を成功できるかどうかは、その成功した姿をイメージできるかどうかという。
 オリンピックの短距離選手は、最後にゴールのテープを切るときの、テープの縄の感触までイメージして走るそうな。
 体育にしたってそうだ。速く走る自分。跳び箱をひらりと跳び越える自分。それが思い描けなくては、やり遂げられない。
 絵を描くときもそうだ。描き上げる絵自体をイメージできなくては、うまく描けるわけがない。
 始める前から、「できるわけない」と思い込んで、成功するわけがないのである。

 これは、童話を書くときも同様である。
 最後に出来上がったお話のしっかりとしたイメージを持って、書き始めなければならない。
「長編は苦手だわ」とか、
「奇想天外な設定は、不得意」
「ノンフィクションは、やったことなくて、できるかしら」
 と、最初から思っていては、うまく書けるわけがない。
 本を書く人なら、できあがった本の表紙、とか、本の厚さ、それを手にとる子供、本屋さんに並ぶときの様子、まで考えながら、タイトルを決めたり、内容を変えたりなさっていることと思う。
 大事なのは、「絶対できる」と信じてやり始めることである。
 
 大人でも、これだけ「心構え」は大事なのだから、純粋な子どもの頃の、思いこみ、というのはとても重大だ。
 運動会でビリになった子がいったら、かけよってこういってあげたい。

「そんなの全然気にすることないんだよ。」

 子供を育てるとき、「あなたはこれは不得意ね」という言葉だけは、慎みたい。
 それより、できるだけ誉めて自信を持たせたい。
 そして自分自身も、これから何か新しい分野に挑戦することがあれば、「絶対できる」と信じて取り組むよう、心がけていきたい。

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カメ子の会 [エッセイ・うらぴょん通信]

 先日、お会いした方が、私のホームページの「うらぴょん通信」というエッセイのコンテンツがなくなってさみしい、といってくださったので、ときどき、以前のものを、こちらにアップしていきます。ええ、たとえ一人でも読みたい、という方があれば、載せてしまう。これって、物書きの「サガ」ですね(^^)
 なお、今回の「カメ子の会」のエッセイは2003年3月に書いたものです。もう6年も経つのね・・・。なつかしいですv
 え? だれ? まだカメ子なのねって。はい。今日もよちよちやっております(爆)

*********
 私は、児童文学を書き始めて約15年になります。
 いいえ、じつは、本当に最初の物語を書いたのは、小学2年生のとき。
 今でも題名とストーリーを覚えています。担任の先生に「ぜひ、つづきも書いて」と言われ、とても喜んだものでした。
 中学のときは、詩に熱中して、公募に応募したりしていました。高校のときは、小説モドキ、を書いて楽しんでいました。
 大学を卒業してからは、勤めのかたわら松竹シナリオ研究所、で放送作家の勉強もしたものでした。
 そして紆余曲折がありまして、やっと今は児童文学と詩にしぼって、創作を続けております。
 しかし、児童文学を長く「元気に」書き続けるのは、なかなか大変なことです。
 本当は、いつもいつも精神状態を前向きに保たなくてはならないのですが、これがなかなか難しい。

 たぶん私だけでなく、他のみなさんも、それぞれ苦労されていることと思います。
 公募に出し始めてすぐ受賞したり、その受賞が立て続けに続く場合はいいです。
 ラッキーなデビューを飾って、その後も順調な人はいいです
 しかし、世の中そう甘くはありません。
 おまけに、プロになろう、とか、いっぱい出版しよう、などと思ったら、それこそ公募時代よりもっと厳しい目にあうことになります。
 なにしろこの出版不況。児童文学の新人作家が「いい目をみる」なんてことは、そうそうあることではありません。
(もちろん、以上のことは、誰か特定の方のことではなく、一般論です)

 しかし、中には、プロになることにこだわらず、同人の活動などで地道に書き続けられ、創作を心から楽しんでおられる人たちがおられます。
 何十年かけて、一つの作品を仕上げられる方もおられます。
 子どもたちのために本当にいい文学、を追求され、ボランティア活動をされている方たちもいらっしゃいます。
 本当に、うらやましいし、素晴らしいことだと思うのです。
 書くことがつらくなる前に、私たちも、もう少しリラックスして創作活動を続けることはできないものでしょうか。

 だいたい、誰か初心者の方が、同じような悩みを持って、書き始めて二年や三年くらいであきらめたら、あまりにももったいないことです。私のように「カメの歩み」で、書き始めてから15年もたって、やっと創作の糸口、あたりが見えてくる場合だってあるのですから。
 
 と、いうことで、私は自分で勝手に、元気に書き続けるため、ある会を作ることにしました。
 名づけて
「児童文学カメ子の会」
 会員は今のところ私一名。
 この会のお約束は。

* ひたすら書き続けること
* しかし、短期間での成果にはこだわらず、長い目で自分自身や児童文学と向き合っていくこと
* 他人と競争しない。だから、ひがまない。あせらない。


 と、いったところ。
  
 「カメ子の会」の会員になると、こういう利点があります。
  
 たとえば誰かに、

「今年の公募、いくつ受賞しましたか」
「デビューはいつになりそう?」
「次の出版はいつですか?」

 なんて、ぶしつけに聞かれても、

「さあ、どうかしら。私、カメ子の会の会員ですから、そういうことにはこだわらなくて」 

 と、答えるだけでいいのです

 あるいは、そっと「カメ子の会の会員証」を見せるだけでいい。

 すると相手は恐縮して、こう言うかもしれませんね。

「あ、カメ子の会の方でしたね。どうも、失礼しました」

 これってちょっと、グッドじゃありませんか?
  
 カメ子といえども、肝心なのは、ポジティブでありつづけることだと思います。
 書き続けている途中で、ふと立ち止まり、「もう二度と受賞しないんじゃなか」「この先、一生ボツが続いたら」「やっぱり自分には才能がないのでは」と思ったとたん、底なし沼が足下に広がります。
 カメ子は、決してふりかえらないし、足下も見ません。
 ずっと前を見て、ゆっくりゆっくり、進んでいきます。
 一言でまとめれば、「マイペース」ということでしょうか。
 しかし、マイペースだからといって、毎日の努力をしないわけではありません。
 創作は、ちょっと休んでしまうと、次に書き出すのが、とても大変になります。
 少しずつでも、続けていくことが大事です。

 こんなことを書くと、「とうとう、うらぴょんも、ボツが続いて落ち込んだのか」と思われるかもしれませんが、別にそういうわけでもありません。
 カメ子の会、ですから、詮索されることも好みません。
 もし出版等に関するお知らせがあれば、マイペースで行っていくつもりです。
 勿論、もしもあれば……、の話ですけれどね。

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